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犬の健康について、「腸内環境」という言葉を耳にする機会が増えています。
人では、腸内に存在する細菌の集まりである「腸内細菌叢(腸内マイクロバイオーム)」が、消化だけでなく免疫や代謝、加齢などとも関係することが研究されています。
では、犬の場合はどうなのでしょうか。
2026年5月、Nature Communicationsに、Dog Aging Projectに参加する922頭の家庭犬の腸内細菌を詳しく調べた大規模研究が発表されました。
研究から見えてきたのは、犬の腸内細菌がすべての犬で同じというわけではなく、年齢、食事、生活習慣などによって構成が変化しているということです。
さらに研究チームは、腸内細菌の特徴から犬の年齢を推定するモデルまで作成しています。
犬の「お腹の中」と年齢には、どのような関係があったのでしょうか。
今回の研究は、犬の健康長寿を長期的に調べる「Dog Aging Project」のPrecision Cohortという集団を対象に行われました。
解析されたのは、アメリカ各地で一般家庭と暮らす922頭の犬です。
年齢は生後8か月から18歳までと幅広く、中央値は4.6歳。純血種だけではなく、約48%はミックス犬でした。
体格についても小型犬から大型犬まで含まれています。
研究チームは犬の便を採取し、そこに含まれるDNAを詳しく解析する「ショットガンメタゲノム解析」を行いました。
さらに、
年齢
性別
体重
犬種・体格
食事内容
健康状態
生活環境
行動
など、飼い主への調査や臨床検査の情報と組み合わせています。
特定の犬種だけを調べるのではなく、実際にさまざまな家庭で暮らしている犬を大規模に調べたことが、今回の研究の特徴です。
年齢との関係を調べたところ、犬が高齢になるほど、腸内細菌の「多様性」が低くなる傾向が確認されました。
ここでいう多様性とは、単純に「菌が多い・少ない」という話ではありません。
腸の中に、どのくらい多様な種類の細菌が存在し、それぞれがどのようなバランスで暮らしているかを示すものです。
研究では、健康状態や性別、体重、犬のサイズなどの影響を統計的に調整したあとでも、年齢と腸内細菌の多様性との関連が確認されています。
また、若い犬と高齢犬では、腸内細菌全体の構成にも違いがありました。
つまり犬の腸内環境は、一生ずっと同じ状態ではなく、年齢とともに少しずつ変化している可能性があります。
さらに細かく分析すると、年齢と関連する微生物が多数見つかりました。
研究では、
147の細菌種
46の細菌属
7つの門
などで、犬の年齢との統計的な関連が確認されています。
例えばPrevotellaやHoldemanellaという細菌のグループでは、高齢犬ほど少ない傾向が見られました。
ただし、ここで重要なのは、
「この菌が減ったら老化する」
という単純な話ではないことです。
腸内細菌は、食事や薬、生活環境、健康状態など多くの要因から影響を受けます。
今回見つかったのは、犬の年齢が上がるにつれて腸内細菌全体にも一定のパターンの変化が見られる、ということです。
研究チームはさらに面白い分析を行っています。
健康状態が「excellent」または「very good」と報告された843頭の犬について、腸内細菌のデータから犬の年齢を予測する機械学習モデルを作りました。
モデルには腸内細菌の特徴に加えて、性別、体格、体重なども組み込まれています。
その結果、実際の年齢と予測された年齢には一定の相関が確認されました。
予測誤差は平均で約2.6年。
人間の年齢予測ほど正確に「この犬は○歳」と当てられるものではありませんが、腸内細菌に年齢に関係する情報が含まれていることを示す興味深い結果です。
研究チームはこの仕組みを、腸内細菌を使った「metagenomic clock(メタゲノム時計)」の可能性として検討しています。
今回の研究では、年齢以外にも腸内細菌と関連する要因が確認されました。
特に興味深いのが食事です。
市販のドッグフードを中心に食べている犬と、家庭で調理された食事を食べている犬では、腸内細菌の構成に明確な違いが見られました。
家庭調理食の犬では5種類の細菌が少なく、一方で Clostridium perfringens という細菌が多く確認されています。
この菌自体は健康な犬の腸にも存在しますが、一部の毒素産生株は下痢と関連するため、研究チームは食事内容が腸内細菌の構成に影響している可能性を指摘しています。
また、グレインフリー食でも腸内細菌の構成に違いが見られ、21の菌種・属・代謝機能で差が確認されました。
さらに興味深いのが糞食です。
便を食べる習慣がある犬では、腸内細菌の多様性が高く、10種類の細菌種と5つの細菌属が多く確認されました。
研究者は、便を通じてさまざまな環境由来の微生物が腸内に入ることが、その一因かもしれないと考えています。
家庭調理食、グレインフリー食、糞食はいずれも犬の腸内細菌の構成と関連していました。
ただし、今回の研究は「どの食事が健康に良いか」を比較したものではありません。
腸内細菌の違いが犬の健康にどのような意味を持つのかは、今後さらに調べる必要があります。
犬の腸内環境は、
年齢だけで決まるのではなく、
何を食べ、どんな行動をし、どんな環境で暮らしているか
とも関係しています。
腸内細菌と年齢に関連があると聞くと、
「腸内環境を整えれば犬の老化を防げるのでは?」
と考えたくなります。
今回の研究から、そこまでは分かっていません。
研究はそれぞれの犬について1回分の腸内細菌を分析した横断的な解析です。
そのため、
年齢によって腸内細菌が変化したのか。
食事や生活習慣の変化が影響しているのか。
腸内細菌の変化が健康や老化そのものに影響しているのか。
その因果関係までは明らかになっていません。
Dog Aging Projectでは現在も犬たちを継続的に追跡しています。
同じ犬の腸内細菌を年齢とともに調べていくことで、今後さらに詳しいことが分かる可能性があります。
私たちは犬の年齢を、外見や行動から感じます。
毛の色。
歩くスピード。
遊び方。
睡眠時間。
でも今回の研究を見ると、年齢を重ねる変化は、外から見える部分だけではありません。
腸の中に暮らしている微生物の世界にも、少しずつ変化が起きている。
しかもその変化は、食事や生活環境とも結びついています。
犬の健康を考えるとき、
体重。
運動。
歯。
関節。
認知機能。
といった項目に加えて、「腸内環境」という視点も、これからますます重要になっていくのかもしれません。
Brott JOURNALでは、これからも世界で発表される犬の健康や加齢に関する研究を紹介していきます。
Bamberger T, Muller E, Algavi YM, et al.
“Mapping the canine gut microbiome: insights from the Dog Aging Project.”
Nature Communications, 2026.
https://www.nature.com/articles/s41467-026-73193-y
Dog Aging Project
https://dogagingproject.org/